矢口3丁目の新しい特養


 

10月2日の健康福祉委員会で、「さくらのみち紫苑」という新しい特養ホームを視察しました。まるでホテルのような、30床とショートステイ6床の特養です。いままでの特養とは、雰囲気が違います。3人の方がリビングのような広間で、車いすに座っておられましたが、見学する人への関心は払われないようでした。まだ施設へのなじみが少ないのかな、と思いました。ユニット型の個室ですから、多床室とは利用料が違いますが、それでも特養です。有料老人ホームとは違いますので、区民の介護生活を支援するものです。

 

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仲六郷いこいの家のお楽しみ会


9月18日、この日は朝からいこいの家は大賑わい!昼休みを挟んで50組もの人が入れ代わり立ち代わり、日ごろののど自慢や、踊りを楽しそうに披露していました。台風の心配もなくなって、よかったです。会場に入ってご挨拶しました。写真を撮るのは、ちょっと遠慮しましたが、みんなが主役になるお楽しみ会といこいの家を存続させることがいよいよ大切になっています。

 

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仲六郷小学校60周年


9月16日に、仲六郷小学校60周年記念パレードが、小学校在校生や卒業生,PTA、町会関係者、区議会議員などが参加して行われました。こういう祝賀行事だと、PTA主催で、子どもたちの参加する式典の後、大人だけで宴会になることが多いですが、地域の人にアピールするためには、神社のお祭りのように、パレードをしようという子どもたちの声があって、決まったのだそうです。時々雨がぱらつき心配でしたが、パレードの時はピタッとあがりました。行進しているとき、町内の人が顔を出して「仲六小60周年です」と声をかけると、「おめでとうございます!」と私までいわれて、恐縮しました。「小山先生、お元気ですか?」と聞く高齢の女性の方があり、学校関係者の人につなぐと、「去年転勤されました」とのこと。「孫がさんざんお世話になったんです」。私も、安否を気にしていた方に、パレードの途中でお会いできて、安心しました。

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東急バスの増便は?本社と池上営業所に聞きました


地域を回っていたら、このところ西六郷を走る東急バスが大変混んでいる。増便できないのかというお話を、2人の方からいただきました。確かに雨の日にバスに乗り合わせると、混んでいると思う場面がありました。9月5日に、東急バス本社と池上営業所に、お尋ねをしました。池上営業所では、2か月前にポイントを決めて、乗降客調査をしたということです。その時は、あまり変化がないということで、特に対応しなかったということでした。やはり、3丁目のグリコ跡地マンションができてから乗降客は増えている、ということです。増便をしないのか聞きましたところ、池上営業所単位では何とも返事はできません、ということでした。次に本社に聞きましたら、営業所は増便の話はないということでした。六郷線(六郷土手ー蒲田駅間)のバスは6台で運行している。8月は雨の日が多く、乗客は多かったのではないか、しばらく様子を見る、しかしそういうお話があったということは考慮します、ということでした。

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来年4月の開園予定保育園


仲六郷2丁目に認可保育園が開設します。定員も載せてありますので、ご覧下さい。どちらも、ゼロ歳児保育はなくて1歳児からの保育となります。

西六郷3丁目に10月から開設予定の保育園は、保育士が予定通り集まらず、定員を減らして始まることになりました。

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やっとホームドアができます!


せっかく作るのに、大喜びしたら、なんと工事期間は今年7月から31年4月まで、となっていますので、再来年までかかるのでしょうか?こんなに時間がかかるものか、と疑問です。首都圏の鉄道では毎日人身事故が起きています。1日も早くホームドアを!

あと、大森駅と京急蒲田駅にホームドアは作られる予定です。

京急の雑色駅や、六郷土手駅は、快特などが通過するために、しかもあまりスピードも緩めないで構内に入ってくるので、大変危険です。交通臨海部活性化特別委員会で、改めてこのホームドアについて要望しておきました。

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貧困対策はどこへ向かうのか 長野で生活保護を考える(第9回生活保護問題議員研修会


基調報告の「生活保護の動向と生存権の保障」では、1億総貧困時代の状況で社会保障の後退がいよいよ深刻になってきている。貧困線が下降するもとで、貧困率が増加している。もっとも家計所得の多かったのは1997年でその当時中央値は297万円であった。現在は245万円であり、年間50万円も低い中、貧困層が増え、70歳から74歳で23.2%、75歳から79歳で25.4%、80歳以上で23.9%と、特に女性高齢者の生活困難が際立っている。20歳から24歳の男性は21.8%で、女性の方が19.5%と少し低いが、改めて驚く貧しさである。困っている人が困っている、助けてほしいと声をあげられない社会ではないだろうか。最近は、私が困るという訴えより、あの人は生活保護で贅沢をしているという訴えの方が多い。貧しさが社会を分断している。障碍者の貧困は4人に1人で健常者の倍で、貧困線より低い人が8割で、年収200万以下が98・1%。月額収入が42000円以上83000円未満が48.8%、そういう状況では当然親と同居54.5%となる。生活保護の利用者が11.4%と意外に低いのは、親の収入に頼っているのであろう。

大阪市生活保護ビッグデータでは、ひとり親の低賃金、最賃の低さ等雇用市場の問題が鮮明になったのではないか、という考察がされているが、貧困の子供化、貧困の女性化、貧困の高齢化が、保護期間の長期化の理由になっている。

その対策に出てきている地域共生社会というのも、眉唾物である。生活困窮者自立支援法は、結局生活保護を利用して、生活を立て直すという、安心にたどり着く道が見えにくくなっている。生活保護を受ける最も多い原因が、過労による病気、失業によるもので、容易に回復しないのが実態ではないか。保護基準が下がったために受けにくくなり、少し働けるようになったら、すぐに保護が外れるという綱渡りのような生活を強制するのは人権を損なう。

生活保護利用者にとったアンケートによれば、単身世帯で多いように見える食費3万以上4万未満と24人が答えているが、1食あたりにすると440円である。1日1食13人、2食36人、3食96人で、満足する食事ができているかははい35%、いいえ35%、わからない30%。入浴週に1回が31人、2回が51人、3回が38人である。支出を抑えるには、食費・光熱費を抑える。外出を控えるのである。町内会や老人クラブ、地域・学校行事に参加しているかには141人が全く参加しないと答えており、地域での交流は少ないが、理由がまた深刻で、体力的精神的に困難、世間の目が気になっていけない、町内会費も払っていないという。親戚との冠婚葬祭には99人が全く参加しない。経済的な理由で、それまでの経過の中で「孤立せざるを得ない」など、人間らしい生活には程遠い。老齢加算が削られたことや冬季加算の減額も相当こたえている。

治療中の病気や、昨日1日に食べた食事内容も聞かれている。通院している人へのアンケートであり、中断した人もあるのでは、と思われた。

生活保護を受けようと思ったきっかけは、圧倒的に病気で働けなくなったこと。高齢者世帯では、低年金で数年持ちこたえていたが、病気で支払い困難・貯蓄が底をついたなど、本当に切実である。生保を受けてよかったことは「死なずに済んだ、生きていける、病院にかかれる」というそれまでの過酷な生活と、悪かったことは「周りの視線が気になる、差別的言動をされた、福祉の監視の目が厳しい、見張られている、対人恐怖症になった」などで、生活保護行政(マスコミ含めて)のあり方がそのまま反映している。

福祉事務所の対応については、連絡・最低限の手続きのみ38人、指導のとおり対応しないと保護を打ち切るといわれた20人、相談しながら対応してくれる20人などあるが、未回答その他が55人もあることから、言いたくない対応があったのではないかと推測される。

生活保護利用者の実態は、思っていた以上に深刻である。これでは自立できない。入りにくく抜けられない生活保護の在り方は、減額で締め出すのではなく、最低賃金をあげて、保護費も人間らしく生きられるように、見直すことではないか。

人間らしく生きられる最低限度の生活を保障しない生活保護は、尊厳を簡単に踏みにじる社会であり、誰にとっても生きにくい世の中である。そして、戦争を容認する、待望するようになっていく。相模原の事件は、役に立たない人間は生きていく資格がないということを、社会が容認するようアピールしていると思う。戦争を絶対許さない社会を作るには、一人ひとりが、人間として当たり前に尊ばれて、生を全うすることができることを当然とすることである。

北朝鮮のミサイル発射が行われる時、かの国民はますます生活困難になっているのではないか、と朝駅頭で訴えながら、北朝鮮の挑発を理由に軍事費をどんどん増やす日本ではすでに国民の生活を削っているではないか、と思い至った。軍事費には湯水のように使う一方で、社会保障には財源を渋る国は、すでに戦争状態になっているのかもしれない。

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富山型デイサービスの実際


今年の健康福祉委員会の視察は、富山と新潟の医療・介護の連携を学ぶのがテーマで行われました。私は、そのうちの富山型デイサービスに、いたく感動しましたので、報告したいと思います。

○富山型デイサービスについて

赤ちゃんからお年寄りまで、障害のある人もない人もともに、住み慣れた地域で在宅福祉サービスを提供するのは、歴史もあり、行政を巻き込んでサービスが行われているのは、多様な取り組みを保障することであり、優れた取り組みである。制度を先取りしていて、それを追いかけて支援を行政が行っているが、先進として切り開いてきた実績はすごうものだと思う。

○デイケアハウスにぎやかについて

在宅ケアの応援団「親子じゃないけど家族です」というパンフレットを読むと、こういう生き方・過ごし方があるのだと感動しました。ひとりひとりに寄り添ってケアプランが立てられることや、いろいろなケースの紹介がされたことなどで具体的に良く理解できた。運営は大変そうである。

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被災地の母親大会


今回の母親大会の目玉は、なんといっても被災地訪問が組まれたことです。3か所のうち私は、石巻市日和山公園と女川町訪問を希望しました。仙台駅から、9時半に出発し、元教師の方の説明を受けながら、日和山公園から市街地を望みましたが、がれきが片づけられたら、何もない更地が広がっています。分科会の担当の方が、「被災地はそこに何があったか、分からないので、それぞれ追悼してください」と言われた時は、違うのではないかと思いましたけれど、大変だったと偲ぶよすがが何も無いのは、本当に残酷です。バスに乗って石巻市内を回りますと、沿岸には防潮堤が作られ、地域のコミュニティも回復していないことが、見て取れるのですが、水が来たところと来なかったところの違いも、あまりに違いすぎ、言葉も出ません。説明された方は、私のところへは水は来なかったので、支援活動もしたけれど、被災された方を思うと、気が引けるということでした。

女川町では、高野さん、阿部さん二人の共産党町議から、震災の状況や女川原発が紙一重で助かったこと、女川は合併しなかったので、復興予算が直に受け取れたことなどが話されました。

大川小学校は、ちょうど山裾にある地盤の低い場所で、津波が見えない場所だったこと、高台に避難するには、壁があり、小学校自体は大変頑丈に作られていたため、あの大津波を受けて校舎は倒れませんでしたが、窓ガラスが全部壊れて、その威力たるや、想像を絶するものでした。校庭に慰霊碑が作られていて、この校区で亡くなった方すべての名前が書かれていて、他にも慰霊に多くの方が見えていました。

全体会では、フォトジャーナリストの安田なつきさんが、シリアなどの紛争地と、石巻の漁業者の生活を紹介して、写真の持つ力を、考えさせられました。

岩手県知事、盛岡市長揃って来賓あいさつをされ、母親大会始まって以来初めてで、さすがの野党共闘の力を感じました。

母親運動も、幅広く深く進行していて、市民と野党共闘の影響をお互いに受けあいながら、主体的な社会を変える力として成長発展していることを、今回は一段と強く感じました。いのちを生み出す母親は、命を育て、守ることを望みます。

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曽於市の市長選挙について


私の郷里は、鹿児島県曽於市です。曽於郡末吉町で生まれ、大隅町岩川の岩川高校に通いました。財部町は母の実家があります。この3つの町が合併して曽於市になりました。この度、市長選挙がある時期に、議会日程も運よく開いていましたので、急遽帰省しました。選挙事務所には、推薦団体の推薦状が所せましと貼られていて、こういうものかと思いました。青年劇場の俳優さんなどの寄せ書きがあって、どういう繋がりがあったのかと思いましたら、作家の入江秀子さんがちょうど来られていて、「オールライト」の学校公演を2ステージ取り組んだということでした。電話かけなどして、土曜日には候補者カーの伴走車に乗せてもらい、とてつもなく広―い曽於市を実感しました。新潟から大田区に来た人が話していましたが、人口からすると、大田区は車が少ないそうです。私の眼には、曽於市は人口の割には車が多いと思いましたが、家の周りも、宣伝カーで回る時もどうしてこんなに車があるのか、と思うほどでした。3台付いていた伴走車のうち、私が妹と乗り合わせた車は、3回はぐれてしまいました。大隅町は、台地の上にあり、ひろい畑があります。こういう集落があると、名前だけは知っていましたが、初めて行くところばかりでした。財部町は、母の実家以外にはあちこちすることがなかったので、珍しいところばかりで、夏祭りにも参加しました。1か所では室内で演説会が行われました。街頭からもこまめに訴えがされて、選挙だ!という感じでした。沖縄のようにスコール様の雨が降り、降ったりやんだりしながら、回りました。末吉町の中原ではろう者の方がいて、手話通訳の人が通訳していて、感激しました。毎日対話集会が開かれていたようで、大田区のように主要な駅で朝夕宣伝(線路がなくなったので)するわけにはいきませんが、市の研修室だとか、公民館の前、広場、道の駅のような人が集まる場所はそれなりにあるようでした。五位塚市長候補の話は、この間の市政の変化などが大変分かりやすく、共感を持って聴衆に受け止められている、と思いました。五位塚さんの、「私は職員と一緒に業務改善を行ってきました」という訴えは新鮮に感じました。

投開票当日は、町内有線放送で、投票率が流されますので、それを記録しながら家のかたづけや掃除をしたりして過ごし、夜にはご苦労さん会が参加費有料で開かれたので、妹と参加しました。300人くらいが集まり、ドキドキしながら見ていますと、9時半ころになりますと、メディアがどんどん集結しカメラをセットし始めたので、「勝ったらしい!」という雰囲気になり、選対本部長から正式に票数が発表されて、大騒ぎ。万歳三唱をして大喜びしました。

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