7年めの3月11日宣伝


今日は2018年3月11日、あの東日本大震災から7年が経ちました。死者は15895人、行方不明の方は2539人、避難している人は約7万3千人と、大変な被害です。復興には程遠く、まだまだこれからです。全国各地で追悼集会が開かれます。地域の日本共産党支部と、後援会は毎月11日を11行動として宣伝・署名行動を行ってきました。昨年4月の新聞に、「その声はいまも」という詩が紹介されています。

あの人は ひとり

わたしに立ち向かってきた

南三陸町役場の 防災マイクから

その声はいまも響いている

わたしはあの人を町ごと吞み込んでしまったが

その声を消すことはできない

 

その声の中から

いのちが甦るのを感じている

わたしはあの人の身体を吞みこんでしまったが、

今もその声は

わたしの底に響いている

 

この防災無線で呼びかけた遠藤未希さんは、地震発災後30分間避難を呼びかけ続けました。その声は「大きい津波が来ています。早く、早く、早く高台に逃げてください」というものでした。私たちが震災を忘れないということは、この声を忘れない、いつまでも記憶している、語り継ぐということです。チェルノブイリ原発事故のあと、20年以上たっているのに、まだ帰還などしていないのに、福島原発事故では、次々避難解除を行い、無料で貸し出していた公務員住宅を被災者から引き上げるなど、国は血も涙もないやり方を行っています。その上、原発再稼働やイギリスなどに輸出をするなど許せません。あと、10年20年かかるのではないでしょうか。少なくとも原発事故の場所は無害化するどころの話ではありません。霧島の新燃岳が噴火して、3000メートルも噴煙が上がるのは、今までにない変化です。川内原発は大丈夫かと、全国各地に心配を広げています。原発はすぐに停止、停止のまま廃炉。原発を稼働させれば核のゴミ、核兵器の材料になるプルトニウムが作られ、再処理のめども立たないのですから、一刻も早く、原発ゼロへ向かう政治を打ち立てましょう。

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