戦争への道は足もとから 取り返しがつかなくなる前に


「戦争への道は足もとから 取り返しがつかなくなる前に」というサブタイトルで、第34回大田平和のための戦争資料展が開かれました。今年の展示もなかなか興味深いものでした。日常生活の中に、戦争政策がどう入り込んでくるか、ということを丹念に例示してありますが、大田区の戦争跡地、在日朝鮮人のくらし、戦時下の生活と教育など特にすごい、と思いました。関東大震災の朝鮮人虐殺は、今も残る差別意識の底に通じるところがあるのではないでしょうか。「今を照らす満蒙開拓団の軌跡」と、引き揚げてきた人が福島に開拓に入って、今回の東日本大震災と原発事故で、「疎開」を余儀なくされたことを河北新報が連載記事にしていましたが、国策で3度も強制移住をさせられたことになります。原発事故といいますが、生命の危機と財産を奪われた状態ではありませんか。これはもう戦争状態ではないのか、しかも周辺の自治体に住む人はらち外なので、「一部限定戦争状態」というわかりにくい構図になっています。だから、避難している15万人と残って仮設生活をしている人たちが本当に安心して日常生活を取り戻す支援こそ、今最も必要なことではないかと、あらためて思いました。この人たちを置き去りにして平和ではありえないのではないでしょうか。
憲法問題、教科書問題なども新しい切り口でした。
尖閣問題で日中間は今、解釈改憲をさせるために法制局長を、集団的自衛権容認の人にすげ変えるなど、軍事行動も辞さないかのような危ない状況になっていますが、日中友好協会の書画展示は、民間人の書家の交流が、友好の一助になるのでは、と期待させるものでした。それにしても、漢字は奥が深い。中国の丁春源さんが、被災地の皆さんを励ますために書かれた書が印象に残りました。展示について、「歴史の正義を継承し、共に世界平和につくしましょう。歴史を鑑として未来に向かいましょう」とお祝いの言葉があり、まさにこのために、平和のための戦争資料展が行われていると、感銘を受けました。
私は、第1回の戦争資料展に参加しましたが、この時は12月8日の開戦の日あたりでした。2人の子どもを連れて、旧産業会館の展示を見ましたが、その時日本軍が行った中国でウサギ狩りと称する中国人強制連行に係わった人の話を、本人から聞くという体験をしました。あまりのすごさに、私は涙がぽろぽろこぼれ、泣き出す人もいました。子どもが、どうして泣くの、と聞いたことを思い出します。どんなに勇気がいったことでしょう。日中友好協会の出田さん夫妻が中心に取り組まれたのが始まりでした。このことをしんぶん「赤旗」に投稿したら、掲載され、出田さんが病院に見えて「投稿してくださってありがとう」とお礼をいわれて、恐縮しました。あれから33年たって、お二人とも亡くなってしまいましたが、続けられていることに、喜んでくださっているでしょう。都議選・参院選の躍進と、今後のさらなる前進のために、平和に生きるために、いっそう頑張りたいと思います。(2013.8.12)

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