被災地の母親大会


今回の母親大会の目玉は、なんといっても被災地訪問が組まれたことです。3か所のうち私は、石巻市日和山公園と女川町訪問を希望しました。仙台駅から、9時半に出発し、元教師の方の説明を受けながら、日和山公園から市街地を望みましたが、がれきが片づけられたら、何もない更地が広がっています。分科会の担当の方が、「被災地はそこに何があったか、分からないので、それぞれ追悼してください」と言われた時は、違うのではないかと思いましたけれど、大変だったと偲ぶよすがが何も無いのは、本当に残酷です。バスに乗って石巻市内を回りますと、沿岸には防潮堤が作られ、地域のコミュニティも回復していないことが、見て取れるのですが、水が来たところと来なかったところの違いも、あまりに違いすぎ、言葉も出ません。説明された方は、私のところへは水は来なかったので、支援活動もしたけれど、被災された方を思うと、気が引けるということでした。

女川町では、高野さん、阿部さん二人の共産党町議から、震災の状況や女川原発が紙一重で助かったこと、女川は合併しなかったので、復興予算が直に受け取れたことなどが話されました。

大川小学校は、ちょうど山裾にある地盤の低い場所で、津波が見えない場所だったこと、高台に避難するには、壁があり、小学校自体は大変頑丈に作られていたため、あの大津波を受けて校舎は倒れませんでしたが、窓ガラスが全部壊れて、その威力たるや、想像を絶するものでした。校庭に慰霊碑が作られていて、この校区で亡くなった方すべての名前が書かれていて、他にも慰霊に多くの方が見えていました。

全体会では、フォトジャーナリストの安田なつきさんが、シリアなどの紛争地と、石巻の漁業者の生活を紹介して、写真の持つ力を、考えさせられました。

岩手県知事、盛岡市長揃って来賓あいさつをされ、母親大会始まって以来初めてで、さすがの野党共闘の力を感じました。

母親運動も、幅広く深く進行していて、市民と野党共闘の影響をお互いに受けあいながら、主体的な社会を変える力として成長発展していることを、今回は一段と強く感じました。いのちを生み出す母親は、命を育て、守ることを望みます。

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